大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成8年(う)288号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小田幸児作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意第[1]の第一(原判示第一事実の訴訟手続の法令違反の主張)について

1  論旨は、要するに、(1)原審は、原判示第一事実の被害者Aの検察官に対する供述調書(原審検察官請求番号一一七)を刑訴法三二一条一項二号後段書面(以下「二号書面」という)として採用取調べをしているが、〈1〉同人の二度目の証人尋問の採用は、裁判所が訴追側と一体になったものとして公平な裁判に反し、適正手続(憲法三一条、刑訴法一条)及び証拠主義(刑訴法三一七条)にも違反した違法なものであるから、その証言内容をもとにして二号書面の要件を判断することは許されず、また、〈2〉検察官は、Aの検察官調書を二号書面として請求する場合には、一回目の証人尋問の機会に同号の要件を立証し、その直後に取調べ請求をすべきであったのに、これを行わなかったから、その後請求することは許されず、更に、〈3〉同人の検察官調書は、同号の相反性の要件も特信性の要件も満たしていないというべきであり、いずれにしても、原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある、(2)原審は、Cの検察官調書(原審検察官請求番号八五)を二号書面として採用取調べをしているが、同調書は相反性の要件も特信性の要件も満たしていないというべきであるから、これらを満たしているとして採用したのは、同様に訴訟手続の法令違反がある、(3)原判決は、右Cの検察官調書中、被告人の法定外供述部分にも証拠能力を認めたが、これは再伝聞であって証拠能力がなく、刑訴法三二四条一項及び三二二条に違反しており、同様に訴訟手続の法令違反がある、というのである。

2  そこで、記録を調査して検討するに、まず(1)のAの検察官調書については、原審が、同人の検察官調書を二号書面として採用取調べをしたのは正当と認められ、原審が、所論と同旨の主張に対し、平成六年一一月一七日付け証拠決定(Aの検察官調書に関するもの)及び原判決の「争点に対する判断」の第一、一で説示しているところは、当裁判所も首肯することができると考える。

付言するに、詐欺罪において犯人がどのような欺罔文言を用いたかは重要な事柄であり、被害者の証人尋問を行う際には当然尋問すべきことではあるが、原審第五回公判に行われたAの一回目の証人尋問の際には、犯人にどのようなことを言われたかはっきり覚えてないとの概括的な証言がなされただけで、検察官によってそれ以上記憶喚起のための尋問が行われなかったのであるから、事案の真相を明らかにするため再度同人の証人尋問を行うのは当然許されるべきことであって、右のような検察官の不適切な訴訟追行行為があったからといって、これが許されないものとは解されない。したがって、原審におけるAの再度の証人採用手続が所論の憲法及び刑訴法に反するものではなく、その証言内容をもとにして、検察官調書の証拠能力を判断することも可能である。また、二号書面の要件の立証及びその請求は、供述者を証人として取り調べた機会あるいはその直後にしなければならないものではなく、証人尋問の際に、検察官調書の供述内容及び刑訴法三二一条一項二号の要件について供述者に対する反対尋問の機会が与えられていれば、その後になすことも可能であると解されるところ、本件については、Aの二回にわたる証人尋問の際に、弁護人に右の検察官調書の内容等についても十分反対尋問の機会が与えられていたことは明らかであるから、その後になされた検察官の本件検察官調書の請求は違法である。更に、Aの二回にわたる証人尋問の内容をみると、犯人の欺罔文言の内容についてはほとんど記憶がないとの供述で、検察官調書の内容と実質的に異なっていることは明らかであり、また、被害から約半年後に行われた同人の一回目の証人尋問の際にも、欺罔文言の概略を初めとして、全体的に回答を躊躇したり覚えてない旨の供述がかなりあること、同公判に出廷する際に警察官が同行していること、その際の証人尋問が、被告人との間についたてを設置して行われたことなどからすれば、Aは、被告人が暴力団関係者であることを知り、公判廷では、被告人の面前で十分な供述ができなかったものと推察され、検察官調書の特信性も肯定される。以上によれば、原審が、Aの検察官調書を二号書面として採用したのは正当である。

3  次に(2)のCの検察官調書について検討するに、原審が、同人の検察官調書を二号書面として採用取調べをしたのは正当と認められ、原審が、所論と同旨の主張に対し、平成六年一一月一七日付け証拠決定(Cの検察官調書に関するもの)及び原判決の「争点に対する判断」の第一、四で説示しているところは、当裁判所も首肯できると考える。

付言するに、Cの原審証言と検察官調書との間には、拘置所の面会の際に被告人から聞いた内容として、本件犯行現場である「ロッテリア山本店」で被害者である証人の女性に会ったか否かについて食い違っていることが明らかであり、その証言部分の立証趣旨が、所論がいうように「事件後の本件公訴事実についての被告人の言動」であったとしても、その言動が被告人が被害者と会ったことを自認する内容のものであることからすると、公訴事実につき異なった結論を導く可能性があり、相反性があると認められる。また、Cの原審証言は、全体的には検察官調書と同旨の内容のものであるが、特に最初のうちの証言内容に、被告人に関して供述を躊躇する傾向がみられ、Cが被告人所属の暴力団から脱退したとしても(かえって、脱退したからこそ)、被告人を恐れていたことが推察され、公判廷でもその心情を明らかにしており、検察官調書の特信性が認められる。所論は、Cに原判示第二事実を初めとして不起訴になった詐欺事件があることから、捜査官との間に刑事処分について取引があり、そのため検察官調書の内容が迎合的になった可能性があると主張するが、原判決が「争点に対する判断」第二、二、2で認定する、Cの原判示第二事実を供述するに至った経過や、いずれの余罪事実も被告人やDが主犯と目されており、Cが不起訴になったからといって不自然とはいえないことからすれば、刑事処分について所論が指摘するような取引があった事情は認めがたい。

以上によれば、Cの検察官調書も二号書面に該当するというべきである。

4  更に(3)の、Cの検察官調書中の被告人の法廷外の供述部分については、所論は、これは再伝聞であり、たとえ伝聞供述に特信状況が備わっていても、原供述者の肯定確認のある場合に限って証拠能力を認めるべきであると主張するが、刑訴法三二一条一項二号により証拠能力が認められる被告人以外の者の検察官調書中に被告人からの伝聞供述が含まれているときは、同法三二四条一項の準用があると解されるところ(最高裁判所昭和三二年一月二二日判決・刑集一一巻一号一〇三頁)、本件については、被告人が任意に不利益事実の供述をしたことが明らかであるから、右再伝聞の部分についても、同法三二四条一項、三二二条により証拠能力が認められる。

5  以上原判決が、A及びCの検察官調書を、被告人の法廷外供述部分を含めて二号書面として採用し、判示事実認定の用に供したのは正当であって、所論の訴訟手続の法令違反は認められない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第[1]の第二(原判示第一事実の事実誤認の主張)について

1  論旨は、要するに、原判決は、判示第一において、被告人が氏名不詳者と共謀の上、平成二年三月二四日午後五時四五分ころ、被告人において、「ロッテリア山本店」で被害者Aに対し嘘の事実を申し向けるなどして、同人からクレジットカード一枚を騙取した事実を認定しているが、Aが会ったとされる犯人は被告人ではなく、A及び同席したBの犯人識別供述の信用性は低い上、被告人には右の日時にアリバイが成立しており、Cの検察官調書中の被告人の法廷外の不利益供述は信用できないから、被告人は無罪であり、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

2  そこで、記録を調査し当審における事実取調べの結果を併せ検討するに、まず、右A及びBの犯人識別供述の証明力について考えると、犯人識別供述が、供述証拠一般の危険性のほか、種々固有の危険性を持つことから、その信用性について慎重に検討すべきであることは、所論が指摘するとおりである。

しかしながら、右の点を十分考慮に入れても、本件においては、A及びBの犯人識別供述の証明力は、高いものというべきである。

すなわち、まず第一に、本件においては、A及びBは、犯人とは初対面であったとはいえ、犯人と駅の改札口で会った後、ロッテリアの明るい店内で、Aは、犯人とテーブルを挟んで正対してこれを目撃し、Bは、約二メートル離れた位置でこれを見ていたものであり、同人らの観察条件がきわめてよかったことは重視されるべきである。しかも、Aらは、犯人に会った際は未だ騙されたという意識はなく、その点意識的に犯人の人相等を観察していなかったとしても、クレジットカードが不正に使われたと聞いたことから、カード会社の社員と称する者と待ち合わせて、Aは前記の状態で約一〇分間会話し、その要求によりカードを交付し、Bは、その場に立ち会ったといういずれも非日常的な体験をしたものであり、カードを渡した相手につき、目撃者の何気ない観察と比べて記憶がより鮮明に保持されたものと思われる上、三日後には詐欺被害に遭ったことが判明して警察に届け出て、犯人と会ったときのことを思い出して犯人の人相等を供述したものであり、その時点の記憶がまだ新鮮であったといえるばかりでなく、その後も特異体験として記憶をかなり正確に保持し続けていたと思われる。

ところで、弁護人は、当審事実取調べ後の弁論において、被害三日後の平成二年三月二七日に作成されたAの被害届には、犯人の特徴等について、「年齢四〇歳位、身長一六五センチ位、体格普通、服装グレースーツ、手に茶封筒『UCのマーク入り』を所持、身なりがよい」との記載があるのに対し、同人の検察官調書及び原審証言では、「身長一六五センチメートル位、体格は普通で中肉中背、年齢は三〇歳から三五歳位まで、癖毛で金属製の眼鏡をかけ、グレー系のスーツ姿、普通のサラリーマン風でUCのシールが貼ってある茶色の封筒所持」と食い違った供述をしており、Aの犯人に対する観察がもともと不正確であったといえるばかりでなく、写真面割りまでの間に警察官の誘導等があったことが推察される、と主張する。しかしながら、被害届は、届け出直後に警察官が被害者の述べた被害の内容を簡単に記載するのが通常であることからすると、本件の被害届に記載された犯人の特徴等の内容も、被害者の記憶しているもののすべてが記載されているわけではなく、全体的にみて、後になってからなされたAの供述と食い違っているとはいえない。かえって、A及びBの供述する犯人の特徴等が前後ないし互いにおおむね一致していることからすれば、同人らの観察は被害当時からかなり正確になされたものと推認され、それは被告人の特徴等とおおむね合致しているのであって、結局弁護人の前記主張は採用しがたいといわなければならない。

次に、A及びBの写真面割りについて考えるに、原判決が「争点に対する判断」の第一、二、3で説示するように、目撃者による犯人の同一性の確認は、最初の識別供述が最も重要であるというべきであり、この点は所論も認めるところである。そして、本件の写真面割りは、Aらが被害を受けてから二か月近く後の平成二年五月一八日に行われたのであるから、その間の記憶の減退や変容を考慮に入れるべきことも、所論が主張するとおりである。しかしながら、本件については、前記のとおり、A及びBは、犯人の特徴等について、被害当時かなり正確に記憶しその後保持していたといえるばかりでなく、右の写真面割りとの間に、他の面割りを行ったとか、犯人について他人の示唆等の影響を受けたような気配はない。そして、本件写真面割り台帳は、大阪府東警察署に保管されている約三〇〇枚の写真をもとに、眼鏡をかけていること、顔の輪郭が被告人にやや似ていること、年齢三〇歳から四〇歳までの男という三つの基準で選んだ写真五枚と被告人の写真とで作成されたものであるところ、A及びBは、右写真面割り台帳を示されて、互いに相談することも迷うこともなく、直ちに被告人の写真を選び出したことが認められ、その選別の過程で警察官らによって暗示的なことがなされた形跡はなく、右被告人の写真が、被害当時とそう離れてない同年四月一九日撮影されたものであることからしても、その犯人識別供述の証明力は高いというべきである。所論は、写真面割り台帳を示したE警察官は、被告人が犯人であるとの見通しのもとに面割りを実施したのであるから、意識的無意識的な暗示誘導の危険が考えられるというが、同警察官に被告人が犯人であるという見通しがあったとしても、本件の面割りに暗示的なことがなされた形跡は全くない。所論は、面割りの当日行われた事情聴取及び供述調書作成の際の暗示の可能性を指摘するが、Eの原審証言によれば、事情聴取等がなされたのは面割りが行われた後のことと思われる。所論が、Eの原審証言の内容として引用する、「この写真の中に、あなたと接触してカードをだまし取った人がおりますか」との質問が、その写真の中に犯人がいることを前提にしているものとは解されず、Aらに選択の自由がなかったということはできない。その他同日の写真面割りが不適切であった点はみられない。

次に、A及びBは、同年五月三〇日被告人の実面割り(単独面通し)を行った際、両名とも被告人を犯人と断定できなかったのであるが、同日の実面割りによる確認に多大な困難があったことは、原判決が説示するとおりであると認められる。被告人は、逮捕後その日までに頭髪を坊主刈りにし、面割りの際、いつもはかけている眼鏡を外していたことが認められ、眼鏡を外し、あるいは坊主頭になることによって、人相が別人のように変わることは我々のよく経験するところである。ちなみに、Aは、検察官調書では、面通しを行った人物は、眼鏡をかけておらず髪が短くなっているので、犯人であるとは断定できないものの、まず間違いないと思う旨供述し、Bも、原審公判廷において、面通しの際、眼鏡や髪型の点から犯人とは分からなかったが、少し面影が残っていてこの人かもしれないとの印象はあった旨証言しており、いずれも写真面割りの結果を否定しているわけではない。また、同年九月二〇日行われたA及びBの原審証人尋問の際、両名とも被告人を犯人と断定できなかった点も、被害から約半年間の被告人の容貌や服装等の変化によってやむを得ないというべきであり、最初の写真面割りの信用性が損なわれるものではなく、現にその際に両名とも写真の中からは被告人を犯人として指し示しているのである。なお、被告人の左前歯欠落及び左手小指欠損をAらが気がついていない点も、同人らの犯人識別供述の証明力を減殺するものではない。

以上A及びBの、特に写真面割りによる犯人識別供述は十分信用性があるというべきである。

3  次に、所論は、被告人は、被害者Aが犯人に会ったとされる平成二年三月二四日午後五時四五分ころには、従兄弟のFと大阪市北区大淀中三丁目所在の銭湯「八阪」にいたというアリバイがある旨主張し、原審証人Fは、これに沿う詳細な供述をし、被告人も、原審において、右証言に合致する供述をする。

しかしながら、右被告人のアリバイは成立しないといわなければならない。

当審における事実取調べの結果によれば、弁護人が当審事実取調べ後の弁論で主張するように、右Fは、同人が原審で被告人のアリバイを証言するまでの間に、何回も拘置所在監中の被告人に面会したことがあるものの、本件事件の内容について特に会話を交わした形跡は認められない。しかし、Fの原審証言や被告人の原審供述をもとに、Fらのアリバイ供述の経過をみると、Fは、平成二年七月か八月ころ、被告人の弁護人から連絡があってその事務所に赴いたところ、弁護人から、「三月下旬ころに被告人と一緒に風呂屋に行ったことがないか」と聞かれたため、当時のことを想起して右当日被告人と銭湯に行ったことを思い出し、同年一〇月一九日及び同年一一月二〇日の原審第七回及び第九回公判で証言したというのであり、被告人は、その後の同年一二月四日及び同月二一日の原審第一〇回及び第一一回公判で自己のアリバイを供述したことが認められる(弁護人のアリバイ主張は、同年一〇月四日の第六回公判でなされた)。そして、右Fが被告人の従兄弟で当時何回も被告人に面会し、被告人の弟分のような会話をする間柄であったことや、原審における証言中に、原判決が挙げるようにアリバイ当日の天候や公衆電話の受話器について不自然な供述をしていることを併せ考えると、Fは、相撲の取組の内容等公知の事実をもとにして被告人の言い分に沿ったアリバイ供述をし、その後被告人がFの証言内容に沿った供述をした疑いが残り、双方の供述とも信用性が低いといわなければならない。

しかも、被告人は、捜査段階では前記のようなアリバイを思い出さず、捜査官のみならず弁護人にも供述しなかったというのに、原審の公判の途中で思い出したというのも不自然である。被告人は、捜査段階では、本件(原判示第一事実)は身に覚えのないことなので、まさか起訴されるとは思わなかったから、アリバイを思い出さなかったというが、被告人が本件の取調べを受けた当時においては、被告人は、既に被告人にとってこれも不本意な事実である原判示第二事実で起訴されていたのであるから、本件で起訴されるとは思いもよらなかったという被告人の弁解は納得しがたい。

4  更に所論が指摘する、Cの検察官調書中、被告人がDに対し、「ロッテリアで会った女は、俺が頭も丸坊主にしているし、眼鏡もはずしていたから、はっきりと断言できずに、『そう思います』としか言わなかったから大丈夫や」と話をしたのを聞いたことがあるとの供述部分は、その内容からして、Aの実面割りの際のことか法廷における証言のことか明らかでなく、また、ごく簡単なものではあるが、被告人において、近しい間柄のDに対し、面会の際何気なくAと会ったことを自認する内容をもらしたものであるから、相応の証明力を有し、前記証明力が高いAおよびBの犯人識別供述を補強するものといえる。

5  以上、ことにA及びBの犯人識別供述の証明力が高く、被告人にアリバイが成立しないことからすると、Aらがロッテリアで会った犯人が被告人であることは証明十分というべきであり、原判示第一事実には所論の事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意第[2]の第一(原判示第二事実の訴訟手続の法令違反の主張)について

1  論旨は、要するに、(1)原審が、判示第二事実に関して証拠採用した、メモ紙二枚(平成八年当庁押第六四号の13、14)、名刺四枚(同押号の15ないし17の1、2)、クレジットカード一枚(同押号の18)及びメモ紙綴一綴(同押号の19)は、被告人に対する職務質問及びこれに引き続き緊急逮捕した際に収集されたものであるところ、右職務質問の際になされた実力行使や緊急逮捕は違法であり、被告人のポケットからの落下物の差押手続も違法であって、いずれも違法収集証拠として証拠能力を有しないから、これらを証拠として採用した原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある、(2)原審が同事実に関し二号書面として採用取調べをしたCの検察官調書(原審検察官請求番号八五)は、原判示第一事実と同じ理由により証拠能力を有しないから、その訴訟手続には同様の法令違反がある、というのである。

2  そこで、まず右(1)の点について記録を調査して検討するに、原判決が「争点に対する判断」第二、三の1ないし4において、被告人の逮捕に至る経過に関し詳細に事実認定をした上、被告人に対する職務質問及び緊急逮捕の手続はおおむね適法になされたものと認められ、一部違法と目すべき点が残るものの、それによって収集された証拠物の証拠能力を否定するのは相当でない旨説示しているのは正当と考えられる。

すなわち、本件Gらに対する詐欺未遂の事実に関しては、被害者の届け出により、クレジットカードの回収名下に返信用封筒を戎瓦町ビルの架空の宛先に郵送させる方法で同カードを騙取するという犯行の手口が判明し、大阪府東警察署警察官数名が同ビルを張り込んでいたところ、被告人が一階通路にある郵便受けから、右架空の宛先に届いた封筒を抜き取り、警察官の姿を認めるや、これを投げ捨てて立ち去ろうとしたのであるから、被告人が本件詐欺の犯行に関与していると強く疑われる状況にあり、警察官において、被告人を停止させて職務質問が許されることはいうまでもない。そして、被告人が、その後職務質問に応じず振りきって逃げようとし、落ちている封筒を確認させても、理由のない弁解をして激しく暴れたことからすれば、被告人が犯人であるという嫌疑は十分になり、緊急逮捕の要件も満たしたものと認められる。所論は、被告人は、当初から警察官に手首等をつかまれ逮捕と同視しうる状態にあったと主張するが、被告人が警察官の姿を見て封筒を投げ捨て、罪証隠滅を図るような行為に出たばかりか、警察官の呼びかけに応じず現場を立ち去ろうとしたことからすれば、警察官がすぐ被告人の手首等をつかんだのも、被告人を停止させるためのやむを得ない措置として適法とみられる。なお、警察官が被告人を逮捕する旨告げる直前における身体の拘束が強度であったこと、緊急逮捕の要件(嫌疑が十分であることと急速を要すること)の告知が十分でなかったことも、原判決認定のとおりであると認められるが、前者については、既に緊急逮捕ができるに近い状況にあり、短時間で直後に逮捕手続がなされていること、後者については、その場の状況から、被告人も認識していたことと思われ、右告知の意味がさほどないこと等からすれば、右手続の瑕疵は、いずれも軽微なものと認められ、収集された証拠物の証拠能力が否定される結果をもたらすものではない。

なお、前記証拠物に対する押収手続そのものについては、直接これを立証する証拠が原審で提出されておらず、被告人が連行された東警察署において緊急逮捕に基づく無令状の捜索差押がなされたものと推認されるが、本件においては、被告人の抵抗により逮捕現場及びパトカー内で身体及び所持品に対する捜索差押を実施することが困難な場合にあたるものと認められるから、最寄りの警察署で行われた本件捜索差押は、「逮捕の現場」における捜索差押と同視することができ、適法であると解される(最高裁判所平成八年一月二九日決定・刑集五〇巻一号一頁)。また、所論が、現場で被告人のポケットから落下した物の差押手続が違法であると主張する点も、現場で被告人が暴れた際ポケットからアドレス帳やメモ類が落ちたのをE警察官が拾って被告人に返さず東警察署に持って行ったことは認められるものの、他の被告人の所持品とともに同署で差押手続がなされたものと認められるから、その場の状況等に照らせばその間の手続に違法があったとは認められない。

3  次に(2)のCの検察官調書について考えるに、原審が、原判示第二事実に関し、同人の検察官調書を二号書面として採用取調べをしたのは正当と考えられ、原審が、所論と同旨の主張に対し、平成六年一一月一七日付け証拠決定(Cの検察官調書に関するもの)で説示するところは、当裁判所も首肯できると考える。

すなわち、Cの原審証言と検察官調書との間には、原判示第二事実に関し、返信用封筒の宛名が「住友信用株式会社」となっていることについて、被告人が、「住友クレジットという実在の会社の名前を使うと法律にひっかかるが、住友信用株式会社という名前なら法律にひっかからない」という説明をしたか否かに関し事実認定を異にする可能性があり、相反性があるものと認められる。また、特信性が認められることについては、先に原判示第一事実について述べたとおりである。

4  以上、原審が所論の証拠物及びCの検察官調書の証拠能力を認めてこれらを採用し、判示事実認定の用に供したのは正当であって、所論の訴訟手続の法令違反は認められない。論旨は理由がない。

四  控訴趣意第[2]の第二(原判示第二事実の事実誤認の主張)について

1  論旨は、要するに、原判決は、判示第二において、被告人がCらと共謀の上、Gらからクレジットカードを騙取しようとしたという詐欺未遂の事実を認定しているが、被告人が前記証拠物を所持していたことから直ちに犯人に結びつくものではないこと、被害者G方に電話をかけたのは被告人ではないこと、Cの原審証言や検察官調書は信用できないことなどからすれば、被告人は無罪であるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

2  そこで検討するに、原判決が「争点に対する判断」の第二、二及び三、5で説示するように、被告人が所持していた前記名刺、メモ等の証拠物は、その内容自体からみても被告人が犯人と密接な関係を有することが強く推認されるのに、被告人のこの点に関する原審における弁解がきわめて不合理で信用できないこと、及び、Cの原審証言及び検察官調書における供述が具体的で他の証拠とも合致し、原審において、弁護人や被告人の反対尋問に対しても一貫して詳細に被告人の犯行への関与を供述していることや右供述に至る経過などから考え、十分信用性が認められることからすれば、たとえ被害者方に電話をかけたのが被告人とは認められないとしても、被告人が右Cらと共謀の上、判示詐欺未遂の犯行に及んだことは証明十分というべきである。

3  原判示第二事実には、所論の事実誤認の廉はなく、論旨は理由がない。

五  まとめ

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用を被告人に負担させることにつき同法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井一正 裁判官 清田賢 裁判官 久我保惠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例